子会社の建設コンサルタントの悲哀3

その2よりの続きです。当時の思い出を、書き連ねていった子会社の建設コンサルタントの悲哀ですが、三つめまで書こうと思います。

私が勤務していた建設コンサルタント会社は、某重厚長大産業グループの子会社(解散して今はないです)、その会社の執行役員クラスより上はすべて親会社のOBか出向者でした。

子会社といっても建設コンサルタント会社は、顧客は行政ですから、親会社に受注等を依存しているわけではありません。
通常、建設コンサルタントというと、行政からの天下りOBというのは、多いと思います。行政出身者は、客先である行政分野の知識や情報もあり営業や交渉面でも役に立つ場合が多いのです。
しかし、親会社からの天下りは、建設コンサルタント業は、ほぼ素人で、さらに受注面の貢献もないので、建設コンサルタントプロパー社員からは、正直、内心疎まれる存在ではあったかもしれません(子会社だから仕方ないという気持ちです)。

親会社OBから聞いた話では、グループの関連子会社でも、受注面で親会社に100%依存している会社は、親会社OBをそれは大切にしてくれるそうで、尊敬されて左団扇で役員定年まで過ごせるそうです。
しかし、私の居た建設コンサルは、みんな尊敬してくれない、いうことも聞いてくれないとのことで、「この会社のOBは、白米(プロパー)の上にかかったごま塩(OB)だ」と言われて、天下り先としては人気がないとの話でした。
親会社OBにとっても居心地の良い会社ではなかったようです。

それでも、巨大企業の関連子会社というのは、社風ものんびりしていて、能力でもあまり差がつかず、年功序列的で過ごしやすいのです。
業績がよい時代は、どんなに努力しても会社の経営陣には成れないことを除けば、社員の満足度は高かかったと思います。
私も楽しい思い出がたくさんあります。

しかし、とうとう建設大不況がやってきてしまったのです。

年々売り上げが低下し財務状況が悪化していきます。
そんな時、ひときわ無能で威張っているだけのOBがやってきました。部門の責任者なのにあまりにも他人事の態度に、あるプロパー管理職が、「評論家みたいなこと言わないでもらいたいと」、文句をいったそうですが、その時は、ブチキレてしばらく「お前は何様だ~」怒鳴り散らしていたそうです。
その文句を言った人は、それ以来、そのOBと犬猿の仲となってしまいました。
早期退職制度に真っ先に乗っかり辞めてしまいました。

会社がどんどん崩壊していく過程で、何とか立て直そうとしていた人たちも、トップがそれでは、話になりません。その頃は、その親会社OBと社員との関係は険悪で、喧嘩が絶えなかったそうです。
そのOBは「悔しかったらおれをクビにしてみろ」といっていたそうで、そこで、子会社のプロパー管理職が親会社へいって、「別の人に変えてください」と陳情したそうです。
当然ですが受け入れられず、会社に戻ると、すでにそのOBに連絡が入っていたそうで、「おまえ本社に余計なこと言ったたらしいな」とすごまれ、「やっぱり俺をクビにできないだろ」と開き直られたそうで、そこで、会社に最後まで忠誠を尽くそうと思っていた人達が、さらに辞めていく事態になりました。

それから、二年ももたず解散決定したと思いますが、結局誰も責任をとりませんでした。

この話は、自分が直接体験した話ではなく、聞いた話ですので、詳細についてはよくわかりませんが、当時の思い出を書いていて、しょうもなさにあきれます。

企業というのは、営利組織で、本来は、経営者は企業(株主の)の長期的な利益を最大化することを目標として動くべきだと思います。そのためのビジネスであり事業を通じた社会貢献でもあるのです。
ところが、上場している大企業は、資本(株主)が分散していしまっているので、株主が大きな影響力を発揮できません。
日本の年功序列的な精神も根底にあり、こうした、巨大組織というのはどうしても内向きになります。
つまり、身内の利権を守ったものが出世できるようになります。つまり、社員の社員による社員のための経営になってしまうのですね。

本来、分社化というのは、特化し、専従することで、その分野での競争に打ち勝つものだと思いますが、企業統治を口実に、人事ローテーションで会社に忠誠を尽くしてくれた管理職(経営経験も業界知識もない)に、ポストを与えるための存在になってしまっていたことが、株主に利益にとって、良かったのか疑問です。