会社への忠誠心って続かないものだと思う(会社を辞めた経緯)

私が新卒から11年勤務した会社は、急激に市場規模が半減していった建設不況時代、一気に経営がだめになっていって最後は解散しました。

不況直前20代の最後の時期は、残業はフルで支給され、年収は600万近くありました。
また、会社借り上げのマンションに住んでいたので家賃負担もほぼゼロで、収入レベルとしては良い方だと思います。

その後、一気に会社の業績が傾きだしました。
とにかく仕事がとれません。売上高がどんどん落ちていきます。
そこで、一律賃金カットです。
残業代ゼロ、賞与ゼロ、基本給カット、と続き、さらに30才になり会社借り上げマンションも退去し、家賃も自腹となりました。

会社自体は不況でしたが、私自身は、毎年、売上ノルマの倍以上はこなし相当な利益を出していました。
私としては、毎年何千万円も業務利益を出しているのに、年収は300万円代、家賃は自腹なので新入社員時代より貧乏になってしまいました。
会社には、ノルマの半分もこなせない、業務も赤字ばかりの人がたくさんおりましたが、やってもやらなくてもと収入が同じという馬鹿らしい状況に陥りました。
一律賃金カット以外になんら有効策が打ち出せません。

そんな時、社長がBPR研究会という、若手社員の経営改革グループを立ち上げました。
私がリーダーになり、いろいろ勉強して経営計画案をまとめました。
改善案は、技術面では「間接費と外注費削減のために管理職は実務に戻る、新人や、業務で赤字しか出せない人は、内製部隊(社内下請け)になる」という提案をしました。
結果は、断固拒否!
一部管理職グループから目の敵にされ、いやがらせを受ける。呼び出されて「文句あるなら辞めろ!」「若いやつは文句をいわず仕事だけやっていればいいんだよ!」と怒鳴られるなど、いや~な目に遭いました。
提案は一切受け入れられず、さらに、BPRを組んで一緒にやっていた部長が、追放されるように辞めていきました。

新卒以来10年以上お世話になった会社で、思い入れがありましたが、業務で利益をたくさん出しても給与は低く、改善提案しても受け入れられず、却って恨まれるという状況に、 会社への愛着を失っていきました。

それから一年後に、偶然にもずっと担当していた大型案件いくつかが、きれいに終わり、切れ目がでたこともあり、何の迷いもなく、辞表を出しました。
辞表を出した時の爽快感、桜が咲く時期で忘れられません。
提案は受け入れられませんでしたが、やるだけやったという満足感がありました。

その当時、社員の危機意識はまだ薄く、同僚は私が辞表を出したことを不思議がりました。
出世できるのに何で辞めるの?とそんな質問を受けました。

しかし、それから半年もしないうちに、やり手の30代が次々に辞表を出し始めました。若手の出世頭だった同僚まで、辞表を出したというので、「さすがにお前は最後までいろよ~(笑)」と話したのを覚えています。

「俺は、最後までいるぞ」と会社への忠誠をアピールしていた人も、結局その後、次々に辞めていきます。
経験したことがないと理解できないかもしれませんが、会社がつぶれていくときというのは、重苦しい空気が漂います。
誰かが辞めると、残った人へしわ寄せが来ますし、何かと社内での人間トラブルも増えます。
どんなに愛社精神が強かった人でも、こうしたトラブルに遭うと、失望が大きい分、あっと言う間に会社への愛着を失って、転職してしまうものです。

また、極端に収入が下がった状況が続くと、だめです。3年くらいが我慢の限度ですね。

滅私奉公とか、自己犠牲的な愛社精神は、あくまで将来にそれ以上の見返りが予想できる前提で成り立っているわけで、本当に滅私奉公をしているわけではないことがよく理解できました。

企業経営上は、社員に貢献意欲を出させるには、いかに夢や希望を持たせるのか重要になりますね。