辞表から退職まで半年かかって疲れた話

業務成績の良い人は、楽でおいしい仕事ばかりやっている説」よりつづきます。
建設コンサルタント会社を辞めるときに、辞表提出から退社まで半年も引っ張られた時の思い出を書いてみます。
今転職を考えている人は、辞める時の参考になると思います。

辞める時は、立つ鳥跡を濁さずで、納品が終わったら即、辞表をだして、サッと辞めるつもりで、計画していました。
予定通り、検査も終わり、3月末に辞表を出し、今後一切の引留交渉は受けない旨も宣言しました。

何もなければ、技術士も合格し、道路部の部長に抜擢される予定だったのに、社長もずいぶん驚いたでしょう。
降格予定だった部長は、急遽降格が取りやめになって、嬉しさが隠し切れない様子ですが、接触はしてきませんでした。

いつも組んで国交省の大規模業務をやっていた戦友のような上司に別室に呼ばれました。
そこで、上司は、「社長より引き留めるように言われているので、まず、会社の立場として残ってくれと頼む」、その後、「本心としては、一番良い時に辞めるよ。これからどうするのか」などと聞いてきました。
当分は就職せずに、経営マネジメントの勉強をするつもりだと話すと「君ならなんでもやれるよ」と言ってくれました。 このころの、唯一ポジティブな思い出です。

その上司は、「うらやましいよ、今後、たぶん会社はつぶれるけど、恩があるので俺は最後まで頑張る」と言っていました。結局、親会社OBと喧嘩して辞めたので最後までいませんでしたが、その上司は、今は、某大手の執行役員をやっています。

次に社長室に呼び出されて、直々に引き留められましたが、「提案もすべて拒否されて残る意味ないでしょう」と応えると、「君の人生を犠牲にしてあと2年残ってくれ」と言うのです。
直球勝負なのは好感持てましたが、できない相談でした。しかし、なぜ2年?
社長が疲れ切った顔をしていたのが印象的で、苦悩が感じられました。

さて、手持ち業務ですが、担当した大型物件すべてが、偶然にも3月で終わり、検査も終わっており、成果品もできていました。
しかし、一部、用地買収協議の結果により設計を仕上げることになっている部分が残務として残っておりました。
私としては、成果も、報告書もできているし、問い合わせにも対応するので、誰かに引き継ぐことをお願いしました。
ところが、国交省の7000万以上の大型設計物件でもあり、誰も引き継いでくれません。
部長より、全部終わるまで残るようにお願いされました。
早く辞める方が会社にとっても費用削減になるのですが。。

個人的には4月末で辞めたかったのですが、まさかそこから半年もかかるとはおもいませんでした。
ただし、予算的には、前年度、業務利益をしっかり上げて、さらに引当金をたっぷり確保していて使いきれないくらいでした。

4月末で、「お世話になりました。本日で辞めます」と、すっと辞めるのが理想だったのですが、そうは行かなくなりました。

まず、あっという間に、辞表を出したことが社内に広まってしまいました。
もう、一週間も持ちませんでした。人の口に戸は立てられぬとはよくいったものです。
同僚が「出世できるのになんで辞めるのか」などと聞いてきます。しかし、「もうこの会社はつぶれる」みたいな情報を吹き込んで、退職連鎖を招く事態は避けようと、「疲れたのでしばらくのんびりしたい」と、あいまいな返事をしていました。
そこで「大手コンサルにヘッドハンティングされた」という噂話がでて、信じ込んでいる人が多くいました。否定しても信用してもらえませんでした。
そこで、「会社を見捨てて大手に転職する 裏切り者」という構図ができあがりで、冷たい空気がありました。

5月中頃だったと思いますが、社内で怒鳴り声が響き渡りました。
見ると、以前私に「文句あるなら辞めろ!代わりはいくらでもいる!」と罵声を浴びせ、その後の私へのバッシングの中核だった部長が電話口で怒鳴っています。

その部長が電話口で、「辞めるってどういうことだ」、「裏切り者~!」「裏切り者~!」と何度も社内中に響き渡る声で、連呼しているのです。
すごい場面です。「裏切り者~!」と怒鳴る人、大河ドラマ以外で、初めて見ました。
というか、「文句あるなら辞めろ、代わりはいくらでもいる」で、辞表を出すと「裏切り者!」です。どうすればよいのでしょうか?

社内がざわついていました。電話が終わった後も部長に話しかける人はいませんでした。

後輩が私のところに来て「○○さんも、辞めるんですか?」と聞くのです。「今の電話あいつなの?」同期の出世頭で私としても驚きでした。

すぐに電話してみると、本人がそうだというのです。
「お前早いよ~、部長なんだから最後までいろよ! せめて俺が退職してからにしてくれ」というと、もう、某大手に内定しているというのです。
もう目端の利く奴ってどうしてこうも行動早いかな~と、自分を差し置いて考えていました。

後から聞くと、後輩たちはこの時点で、「会社が終わったな」と感じたそうです。

私としては、pending事項が決まるまでやることがなく、奥の作業スペースにこもって仕事をしているふりをしていました。建設コンサルタントとして初めての怠業です。
時間をつぶすのもキツイものです。不毛感がありますね。はやく辞めせてくれ~。

有休が膨大に余っていました。
毎年20日の有休ですが、使いきれず、繰り越し(20日)までなので、計40日ありました。せめて、過年度の有休分は使わせてもらおうと思い、結構休んで、早くも図書館に通ってマネジメントの勉強を開始しておりました。

そこでまた、降格をぎりぎり免れた道路部長が、管理職会議で「○○(私)が有休で勉強して資格を取りまくっている」と、報告したそうです。
そこで、統括部長から「会社を裏切って大手に転職する裏切り者を、すぐ辞めさせろ!」という声があったそうです。すぐに私にも情報が入ってきてしまいます。

こちらとしては、すぐにでも辞めたくても、引き継いでくれなくて、頼まれて残っているのですが、適当なこというものです。
直接的な嫌がらせは減ったように思いますが、陰では創作で言いたい放題です。
怒鳴りこんで、その場で辞めようかと思いましたが、困るのは社員なので思いとどまりました。

7月くらいにやっと、残務処理ができることになり、9月いっぱいは居てくれと頼まれたので了承しました。
業務は、9月の中旬に完全に終了しました。9月いっぱいの予定なので、残りは有休消化でもしようかと思っていました。

すると、20日朝、突然、部長が私のところにやってきていうのです。
「お前はいつ辞めてくれるんだ!」「今日で辞めてくれ!」と嫌味たっぷりでした。
経理が20日締めで、最後の有休消化をさせない嫌がらせの機会をずっと前から狙っていたのだと思います。
芝居がかった上司ぶった口調で、憎しみと勝ち誇った気持ちが表情に表れていました。

はあ~もう力が抜ける。そこで、私は、「じゃ、今すぐ辞めます」と応えて、総務に行き、最後の手続きを頼みました。さすがに総務も「聞いてないよ」とびっくりしていました。
しかし、私は退職金が80万円しかなかったことにもっとびっくりしました。
総務に文句を言いましたが、社内規定通りとのことでした。
「どれだけ利益貢献したと思っているんだ、最後まで馬鹿にしているな~。」

そして、そのまま荷物をまとめて、お世話になった人や同僚に挨拶し(部長にも一応挨拶しましたが、完全無視でした)、午前中には会社を出ました。
私物を入れた紙袋を一つ持って会社を出て、空を見上げて「我ながら、さびしい辞め方だな~」と思いました。

この直後から、30代中堅の大量離脱が始まっていきます。
「裏切り者~」と罵倒していた部長ですが、さらに愛社精神が先鋭化し、退職する若手を罵倒し、あらゆる嫌がらせを繰り返し、みなさん会社に恨みを持って辞めていきました。
会社の利益を増やすことには無関心で、辞める人を裏切り者として糾弾することに情熱を傾けているようでした。
先鋭化して、内ゲバ状態になって、内部分裂を繰り返していくようです。
誰かスケープゴートを探して糾弾しないといられなくなるようです。

この時期は、辞めた人と残留組が混じって飲み会等をすることも多かったのですが、恨みを持って辞めた人から、そうした話が残っている社員に伝わり、却って悪循環を招いていたと思います。
バッシング側に回っていた同僚が、自身が辞める段になったら、部長が豹変して罵倒や嫌がらせをされたそうで、今まで騙されていたと、泣きながら詫びられたこともありました。
実働できる中堅がどんどん辞めて、実務が回らなくなります。

降格を免れた部長ですが、部員が減少していくのに、相変わらず、仕事をせず、打ち合わせに同行して回り、赤字を拡大して、他の部員皆から総スカン状態になってしまったそうです。

退職まで半年かかったのですが、良い経験にはなりましたが、時間の無駄という側面も強く、また、精神的に消耗もしました。
みなさんも辞める時は、辞表提示後なるべく早く辞めるように工夫すべきだと思います。

これまで、かなりドロドロした話を書いてきましたが、すべて退職までの2年間の出来事でした。

私の建設コンサルタントでの若手時代は、人間関係の問題も少なく、充実していました。
また、この会社退職後も、マネジメント勉強(無職)、大手コンサル転職(海外経験)、独立と続き、楽しいことばかりだったのです。
しかし、これまで話した経営改革提案~退職までの2年間だけは、楽しい思い出がほとんどなく、人間関係のドロドロしたものに直面してしまい、際立ったものとなっています。
ただ、いろいろつらい目も見ながらも、当時としてやれることはやったという気持ちがありますね。

その後の、経営マネジメントの勉強や経営コンサルタントとして活動する上で、当時の人間勉強が本当に役に立ちました。
その頃の経験を書いておくことも、誰かの参考になるかと思い、これらの記事を書いてみました。