権力闘争の恐ろしさを見た経験その2

その1より続きます。

ボトムアップ大好き社長による部長同士の経営改革提案競争で、私側は、「痛みの多いコスト削減生き残り作戦」、対立側は、「イケイケの売上増大作戦」で失敗すれば即破たんという争点になってきました。
しかも、対立側の組織図案には、私側の部長の名前がどこにもないという、相手の首を取りにくる恐ろしいものでした。

対立側の部長の案には、他の部長も多くが関与し多数決では絶対に負けるでしょう、しかし、いくら、ボトムアップ主義で、部長の合意重視とはいえ、理性的に会社存続を考えたら、私側の部長の案しかないだろう、と考えておりました。

ところがです。
何と対立側の案が採用されたのです。

これまでに、何度も書きましたが、多くの人が「自分の利害が侵害されるくらいなら、会社をつぶれる方を選ぶ」ということを痛感しました。
建設不況で、毎年、売上がすごい勢いで減少している中で売上増大策の実現可能性はほぼゼロということは、誰もが理解できると思いますが、人間の理性とか理論的思考というのは、如何にあてにならないものかと考えていました。

そして、組織図に名前が載っていなかった私がついた側の部長ですが、別フロアーの他部門の中に一つ机を置いて部下なしで、わけのわからないことをやらされることになりました。
完全な嫌がらせですが、早期退職募集が同時に始まり、即応募して辞めていきました。
私とも親友のような方でしたが、その方の性格を考えたら、もう辞めるしかないなという感じでした。

私としても第二ラウンドもだめでしたので、これ以降会社に残る意味がなくなってしまいました。
これ以上この会社に付き合って、人生を無駄にするよりは、自分で考えて思いっきりやりたいことをやろうと思っていました。

私も、初めての権力闘争?を体験しましたが、経営改革提案の中に“サラッと相手の首を取る手を入れてきたことに”、当時、ぞっとした記憶があります。
会社の普通のおじさんが、目的のために手段を選ばず、会社の存続を危うくしてでも、やってしまうものなのですね。

きっと、大企業では、もっと壮絶な権力闘争が繰り広げられているのでしょう。

さて、現段階で当時を振り返って提案の妥当性について、評価してみると
収益改善には、コスト削減と売上拡大がありますが、コスト削減は社内に痛みが伴い反発が大きいです。
一方、売上拡大には、新事業、新市場、技術開発など夢にあふれており、また社内に痛みが伴いません、しかしさらにお金がかかります。

BCG(The Boston Consulting Group) の「プロダクトポートフォリオ」という概念がありますが、新たな収入源や受注方法を確立するためには、多くの時間と費用が掛かります。そのため、まず本業で確実に利益を上げて、その利益で長期的な投資的活動をしなければ成功できません。
じり貧になった段階で、短期的な成功を求めて売上拡大を目指しても、成功する可能性はほぼありません。なぜなら、それ以前に、長期的視点で取り組んできた会社に勝てるわけがないからです。

しかし、多くのじり貧になった会社が、売上増大策を選びます。
なぜなら、コスト削減は、多くの痛みが伴い、部長クラスですら猛反発です。
一方、売上増大策は、社内に痛みがありません。夢のあるイケイケ計画は、成功可能性が低くても一発賭けてみたくなるのです。

私の体験した事例も、正にその例に洩れなかったということでしょう。

ところで、もし、私側の意見(コスト削減)が取り入れられたら、どうなっていただろうかと考えることがあります。
まずは、私がついた側の部長がプロパートップとなって、改革を進めることになりますが、他の部長は全員反対です。
当時、「プロポを諦めるくらいなら、実務にもどるくらいなら辞める」と公言していた部長もいたので、管理職の離職が起きていたかもしれません。
また、社内内製部に不本意に配属される人、実務に戻る管理職からも大きな反発が起きていたでしょう。
一部長に、すべての反発が抑えられる可能性は少ないでしょう、そして、結局、失敗していたような気がします。

痛みを伴う改革で、トップの意思と関与が薄い経営改革は、成功する気がしません。

※同時期の建設大不況時代に、他の建設コンサルタントで、とにかく内製化により外部流出費を抑制して、さらに社員も半分くらいに減少しながら、なんとか生き残った事例を複数知っているので、内製化は方法論としては間違っていなかったと思います。

この後の、辞表提出までの思い出は「業務成績の良い人は、楽でおいしい仕事ばかりやっている説」に続きます。